part1
脚本家としてのライフスタイル そこから選んだ自分の住まい
広 い玄関を上がり居間に一歩足を踏み入れると、ぱっと目の前が開けた。 心地よい空間が外にむかって広がっている。これが開放感の源なのだった。
天井まである大きな窓からは、静かな緑のじゅうたんが広がっているのが見える。
時折、風が吹くと、こんもりした小さな森からざわざわと木々の触れ合う音が波のように広がり聞こえてくる。
一瞬まるで山の中にいるような錯覚におちいってしまう。
脚本家として自分が大切にしていること
住んでいる場所が作り出すドラマの主人公の設定
現代ドラマを作り出すうえでそう都心から離れて住めない
尊敬し、憧れる存在なのは仕事を通じて知り合えた人
脚本家として自分が大切にしていること



脚本家を書き始めて10年ぐらいたちました。脚本を書くときに一番大事にしていることは、絵空事を書かないということです。リアルに描くという一言に、つきると思うのですが、どれだけ自分が生身の心情のまま脚本が書けるかということが重要です。自分をその気分にまで持っていくことが大変なのです。


それから、ありきたりのことは書かないということも心掛けています。こういうのはどこかで見た覚えがあるなと思うようなものは書きたくないですからね。どうしてもオリジナルなものを探さなければいけません。


今の自分の年齢と書いている脚本の内容には、あまり関係や影響はありませんね。書くものの内容と年齢との関係性がなければいけないとすれば、もう私はいわゆる青春ものを書いていないかもしれない。でも大事なのは、書いているときの心境なのかなと思います。こういう仕事をしていると、会社員というわけではないので年齢を意識しなければいけないという瞬間が少ないじゃないですか?私は、よくも悪くも普通には成長しなくなっちゃっているかも知れませんね。フリーでやっていると、あまり人からお説教もされないし、状況もいつまでたっても変わらないのです。


脚本家になるために、コンクールに応募して、それからプロになったという人は多いと思います。私はテレビの制作会社にいて企画の仕事をやっていて、脚本を書き始めたのでちょっと特殊なやり方でデビューしているんです。実際にシナリオを毎日見ているうちに、なんとなく自分にも書けるんじゃないかと思い始め、書きたいと思う気持ちが募りました。人が書いた作品が気に入らないとか、そういったことではありません。そこまでの自信家ではありませんが、私だったらこういうふうに書こうかなというのはありましたね。それでちょっと書いてみたのですが、やっぱり最初は全然私の脚本なんか使われなかったですよ。企画を担当しつつ脚本を書いて、偉い先生と共作という形でまずは書かせて頂きました。それが世に出て、また次の脚本を書くチャンスを内輪からもらうという感じでした。


住んでいる場所が作り出す ドラマの主人公の人物設定



脚本は、基本的にドラマの制作と同時進行で書きますが、オンエアの1カ月前には仕上げておくというのが私のリズムになっています。


昔のドラマは全部撮影してから放映していましたが、今は下手したら1週間前に撮影したものが、すぐにオンエアされるというライブな感じで進行していきます。脚本家にとっては相当スリリングな状況です。脚本を書き上げられなかったら、テレビに何も流れないということになるのですから。たまにこれが書けなかったらどうなるんだろうな?ってフッと不安がよぎることも……。


でも、いつもなんとか書き上げられるので、「今回もきっと書ける」と自分を励ましつつ仕事を続けています。むしろ、絶対に書けるに決まっていると自分をどこかで信じていますね。そう思わないと、ビビリまくっちゃって、こんな仕事やっていられないかも(笑)。途中でオンエアされなくなったドラマなんて、今までに聞いたことありませんから……。でも実は、作家さんによっては本当に書けなくて、11話あるはずだったのが、10話になったりすることがあるみたいです。


脚本を書く場合に、製作者によく聞かれるのは、まず主人公の人物設定のために、どの辺の街に住んでいることにするかということ。街として青山の話なのかとか……。


「ビューティフルライフ」で言えば、杏子の住んでいる場所は新小岩でした。私は実際には新小岩に行ったことがないのですが、言葉の響きで選びました……。ちょっと下町みたいなイメージがありますよね。私にとっては、なぜか杏子の住む場所は新小岩じゃないとだめだったんです。でもロケの時はギャラリーが群がっちゃって、チャキチャキなヤジが飛んで、大変だったみたいですけどね。


それ以外の細かい設定はこちらからはあまりしません。注文するのは、住んでいる場所だけですね。あとは私が書いた脚本を読んで、スタッフみんながイメージを沸かせて作り上げていったほうが、きっと楽しくなると思っています。あまりビジュアルのイメージは浮かばないんですよ。それでも、杏子の家は、いかにも下町にあるベタな酒屋さんというイメージがあったので、こたつにみかんがある家にしてほしいというのは言いました。

現代ドラマを作り出すうえで 都心からそう離れて住めない



自分の住まいにこだわるようになったのは、家で脚本を書くようになってからかも知れません。


その前は日当たりがよければ何もいらなかったし、見晴らしまではこだわっていませんでしたから。私は、無精なので仕事場を別の場所に持とうとは思わない。同じマンションの中だったら、まだあり得るかなとも思うんですけれど。持つと通うことになり移動時間がかったるいなと思ってしまいます。 今はまだ、都心から離れた場所に住みたいとは思いません。なぜなら、打ち合わせでテレビ局に出かけたりすることが多いし、だれかとご飯を食べる場合もどうしても麻布とか青山近辺になってしまう。そこからタクシーですぐに帰れるくらいの便利な場所に住んでいたいのです。


一時、原宿に住んでいたことがありましたが、店がたくさんあってそれはそれでよかったのですが、あまりにも若い人が多くて、住むのにはちょっと厳しい場所でしたね。でも商店街とか生活するのに必要な場所もちゃんとあるんですよ。一本奥の路地に入るとわりと住宅街だったりもするのです。そうそう、そこもグリーンビューでしたね。でもとても、ラフに出歩ける街ではないので、普段着で外出すると、すごく浮いちゃうんですね。近所の定食屋さんに夕ご飯を食べに行くかのように、イタリア料理屋に入って、すごくひんしゅくを買ったりしていましたね。いちおうみんな勝負しようと、がんばってお出かけモードで歩いている街だから。あれは疲れました。


脚本を書くときに、時代の空気がどうとかって全然考えてないんですよ。全部自分の気分で書いています。その中で偶然というか何というか時代と気分がマッチするときがある。そのためにも、やっぱり東京に住んでいたほうがいいのかなと思います。例えば、海外に半年住んでしまうとなんか感覚がずれちゃうのかな?という気はします。もしかしたら、逆に全然新しいものが書けちゃうのかもしれない。そこはよくわかりません。前に勤めていた会社の部長さんは、現代もののドラマを作るのなら、なるべく都心に住めとおっしゃっていました。本当かどうかわからないけれど、そう言える何かがあるのかも知れません。やはり脚本を書くには、都会の刺激を受けなければだめなんでしょうね。何かを感じているという状態が大事。たまには映画を見たり、デパートに行ったり、おいしいと言われている店に行くとか、そういうことをしないと書けなくなっちゃいますよね。でもすごく若い学生さんたちが行くような店は横目で見るくらいで、その中に入りたいとはさすがに思わないですが……。


それから例えば、ライブに行くことなんかも大事なのかも。主題歌を歌って頂いている関係で半分仕事で行くのですが、この人のファンって似た人ばかりだなあとか。この人のファンはこういうタイプねとか見てしまいますね。なんか独特の世界があって、それを知るのは楽しい。


尊敬し、憧れる存在なのは 仕事を通じて知り合えた人

今、尊敬している人は、自分から見えないところにいるような遠い存在の人ではなくて、実際に一緒に仕事をしたことのある人たち。がんばっているのが実感としてわかる。そういう人たちを尊敬しています。


たとえば、一緒にドラマを作った人とか、木村拓哉さんとか。遠くから見ている時には、すごいなと思うくらいだけれど、人間と人間として知り合う瞬間があると、その人がいかにがんばっているかをどうしてもダイレクトに感じてしまう。遠くから見ていると、カッコよくて毎日楽しそうだななんて見えますが、実はすごく努力していたり、大変だったりするんですね。


そういう意味で、木村さんも、常盤貴子さんもプロデューサーの人とかもそうだし、主題歌をやってもらったB'zの方とか、想像していた面だけではなくて実際にすごくがんばっているところを一瞬でも垣間見ちゃったりすると、生身の人として尊敬してしまいますね。お互いに人間として一回知り合うことができると、たとえば週刊誌のバッシング一つにしても、ものすごくまいっているだろうなというのが手に取るようにわかる。だからこそ、その中でがんばっているというのはやっぱり尊敬に値しますよね。常盤さんなんかは、ずっと年下だけれど、すごいなと思うところがあります。


彼らと同業者では決してないのですが、広い意味で同じフィールドで働く人として励まされますね。最近は、尊敬しつつ一緒に仕事をする人の数が多くなっています。知らない人に漠然と憧れるというよりは、刺激がダイレクトに来る仕事仲間に憧れに似た気持ちを抱きますね。


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