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第三回 照明/都市空間デザイナー 海藤春樹 Lively Life バックナンバー一覧
年齢不詳とか職業不詳とか、「不詳」というのが自由に生きるコツ
Lively Life
海藤 春樹
part1
part2
part3

原宿の喧騒を抜けて、しばらくゆるゆる歩く。店が途切れ、ふと1本横道にそれて突き当たると黄色と白の壁が鮮やかな不思議な建物にぶつかった。そこが海藤春樹さんが事務所と自宅を構えるマンション。
どこから入れば、目的の部屋につけるのか、ちょっと初めはわからない。迷路のような作りの建物のドアを開けると、遊びごころが形になった部屋が現れた。そこに、待ち構えていた海藤さんの声。さあ、海藤オンステージの幕開けだ。

 
 
時計通りの人生を過ごすのも なんとなくぞっとするよね
 

住むなら都会。田舎はだめなんです。たまに行くのはいいんだけどね。夜8時以降に田舎にいて困ったことない?遊びに行くところがどっこもなくて。田舎でコンビニに行ってもしようがないものね。アクセスがいいのが、都会の一番いいところ。世界中そうでしょう?
「リゾート以外の田舎はなくなってもいい!(笑)」なーんて言うと、語弊があるよね。危険なことを言ってはいけないな(笑)。でも田舎嫌いで通っているからさ俺。田舎にいると年とっちゃうというか、時間が正直にたってしまうような気がするんだよね。都会にいれば、はしゃいでさえいれば年とらないような気がするじゃない?時間の流れに逆らって生きる!時計の時間通りのまま人生を過ごすのも、なんとなくぞっとするじゃない?

年齢不詳とか職業不詳とか、「不詳」というのが自由に生きるコツだと僕は思うわけよね。だいたい現代は、すごい管理社会だから、人から決めつけられてしまうじゃない?決められたことをやっている限り、人はあまり文句も言わない。たとえば建築家が歌を歌うと、何か言われる。うまければいいのだから、歌っても本当は自由なわけじゃない?ところが、歌うなんてことで、すでに色眼鏡で見られてるわけでしょう?何をする人なんだか最初からわからない「不詳な人」でいれば、何をやろうと自由じゃない?まあそう、うまくはいかないけれど、あらゆることから自由だというのは、けっこう永遠のテーマだよね。こだわらないことがこだわりみたいな。「もう、どうでもいい」という姿勢ね……。別に照明家で生まれてきたわけではないんだからね。生まれてきたときに電球をくわえていたとかいうならワタクシも考えるけれどさ……。

職業なんて、だいたいみんな、たまたまなってしまうわけじゃない。会社に勤めている人は、たまたま会社員になったわりには、「会社のナントカのカントカのナントカさん」と言わないとその存在がなくなってしまうようなところがある。それでは前後が逆な気がするんだ。つまり、桐島ローランド君がいてカメラマンになったというのが正しい考え方だと思う。情報が先に来てしまうというのは危険なことだと思う。僕はいま何千人かの名前や顔を知っているけれど、どう考えてもそのうちの7割ぐらいは会ったことがないはずなんだ。もっとかもしれない。そういうふうに情報で知っているのか、本当の知り合いなのかが、ちょっとわけがわからないところがあるから、ますますややこしい。肩書きや情報に頼ってしまうとさ、有名な人間が店に入ってくると、なんか挨拶しちゃったりすることってない?「きのう見た人」みたいな感覚。あれもよく考えるとちょっと変だよね。

 
海藤 春樹
 
ピカソだって大したことない がんばれば、手が届くよね
 

いちばん初めに、異端児的なことをやるとどこからか文句を言われて、雑誌とかで批判される。昔、書いた人間のことは、今でも覚えているけれど、ウケるからと悪口を書く人間がいるよね。だいたい世の中の構造は嫉妬でしょう?業界にいるとそういう嫉妬心が面倒くさいからね。だから、非業界、サークルの外側にいるのがいいわけ。「あいつはしようがないからほっとけ!」と言われるほうが楽でしょう?いつも綱渡り的な感覚を保っていないとね……。

でも、全体のバランスでいえば、きっと俺のことを怒っている人のほうが多いと思うよ。「ひょっとして、ムッとしてますか?」と聞くと「いや、いや別 に…」なんて言うけれど、いままでの経験からいうと、だいたい「いや、いや…」と言う人間はムッとしているね。「はい」と言った人には謝ればいいんだからさ。でも、人間500歳の人間に会ったことはないでしょう?よくて100歳とかだけれど、そんな人にだってあまり会ったことはない。だから、そんなに長く生きられないんだから、すごい人も実際にはいないというのが最近わかってきたの。人は、才能があってもなくても、そんなに変わらないよ。
でも、私は自分が20歳のころが一番頭がよかったと思う。どんどん経験値は増えているけれど、年を取ると、勘は悪いわ、ものの趣味は悪くなるわ、酒は弱くなるわ、ろくなことがない。いくら偉い人でも、そういう意味では、たいしたことないよね。ピカソだってたいしたことがないじゃないかと思う。がんばれば、手が届かないわけはないんじゃないかって思えちゃう。

 
 

いまリカルド・ボフィルさんというスペインの建築家と銀座の資生堂ビルの仕事を一緒にしている。すごい人なのだけれど、普通にしゃべっていると全然大丈夫なんだよね。別に相手は化け物でも妖怪でもないからさ。変なものを考えてプレゼンにもっていくと、もしかしたら問題あるかもしれないけど。
世の中には100mを10秒で走る人間がいるわけです。それは驚異的じゃない?それならおまえは走れないかと言われたら、30秒なら走れる。とすれば、たかだか20秒しか違わないという考え方もあるよね。そう考えて、最近、いい年になってくると「まあ、なんでもだいたいはイーブンだよね」という感じがしているんですよね。

ただ、わかってきたんだけれど、世の中に天才はいるね。すごく早く何かをできてしまう人間はいる。でも、天才が凡才になったりするから見ていておもしろいんだ。天才は何人かしか知らないけど、名前を言うと入っていない人間が文句を言うからさ言わないけど。5人ぐらいかな。それと、天才だったのに終わってしまった人もいる。あの舞台のときは天才だったのにという役者はずいぶんいる。そういうのもあるからね。なんとも生鮮食料品みたいなものだね。いつまでもつかわからない、みたいなのがたくさんいる。体が勝手にものをつくっちゃっているうちは、天才はすごいよね。でも、ウケたりしてくると、才能のリサイクルをしなければならなくなるから、だんだん天才というよりは上手な人になっていってしまうんです。

 
海藤 春樹
 
生活を真剣にしだすと生活に負けちゃいそう
 

僕は生活が大嫌いだからさ。生活感をなくすというのがテーマなんだ。生活をしたことがない。だから、本当にいくら稼いでいるかもほとんど知らない。でも、適当にやっているわけで……。生活を真剣にしだすと生活に負けちゃいそうじゃない?生活ってリアルだからさ。生活用品って……。だから、ないふりして見ないようにしている。予防注射と一緒で、「知らないよー」みたいな……。生活をやめてしまうと楽ですよ、きっと。生活しなくても人間は生きていけるからね。生活は基本的にはルーティーンすることなんだよ。それ以外は、料理しようが何しようが生活するとは言わない。だって、時々料理するっていうのはスペシャルでしょう?スペシャルというのは、生活じゃないわけで、全部が普通 、並みというのが生活。幸せでもなくて、もちろん不幸でもなくて、とんでもないことは起きない。あしたも、あさってもたぶん起きない。そう願うのが生活でしょう?平穏無事な感じ。そういうことをあきらめて、勇気を持って生きるというか……。勇気なんか本当はないんだけれどさ。考えないという……。見て見ぬふりではなくて、見ないで見ないふり。見ると怖いから。銀行から来る借金返済とかを見ないふりするの(笑)。そういう生活レスというかね。軽やかな感じ。死ぬまで、なるべくそういうのがいいんじゃない?いくら頑張っても、どうせみんな死んじゃうんだからね。偉くなるのって田舎っぽいんだよ。重みがあってね。だいたいそういうのはうそでしょう?重みがあるわけじゃなくて、年とって体が動かないだけなんだよ。若い子たちのほうが、人間としてはどう考えてもずっと美しいわけなのよ。筋肉もちゃんと動いている。その時代にスポイルされるように日本はできているからずるいよね……。オジサンたちはだますよね。脅すしね。言っておくけれど、それはほとんど嫉妬だからね。自分は腹も出てきちゃったし、そうじゃない若い子に嫉妬するわけだね。そうすると、「経験値があるのが偉いんだぞ」と言うしかないから、脅かすよね。「そんなことをしてどうするんだ」なんて、「放っといてくれ」って言えばいい。いまを生きている人が一番カッコイイわけなんだから。
(構成/文 メディアム 成田恵子)

 
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桐島ローランドとの往復書簡
桐島ローランドとの往復書簡
■海藤春樹から桐島ローランドへ
ローリーはいい子になったよ。おれはもっとだめになるかと思ったんだ。20年ぐらい前に、あいつがまだ小学生のときに東京キッドの舞台の子役ででていたんだ。おれが舞台のライティングをしてて……。小学校の高学年のときなんかませた子供でね。楽屋で「なんだ、おまえは。ばかやろう。そんなことばかり言っているんじゃない」とか言ってやったんだ。あいつに言っちゃだめだよ。少しは俺だって心配してたんだよ。「僕の過去を話したらぶっ殺すから」とか言っているみたいだけど、それほど近いところにいた間柄ということなんです。身近な人同士をすごく知っているというのもあって。そういうことを知られるのは、みんないやなものじゃない?武士の情けでよくわかる。知られたくない時期ってものがみんなあるものね。「整形前の私」みたいな……ね(笑)。
■桐島ローランドから海藤春樹へ
おれはキッドには3歳のときからお世話になっているんです。3歳から13歳ぐらいまでけっこう長い間つきあいがあったから、兄弟というか家族の一員というような意識だった。その当時のおれを知っているのは、いま海藤さんぐらいじゃないかな。東京キッドの演出家の東由多加さんというのが、つい最近、亡くなったんです。おれの親父代わりみたいな人でした。いま考えるとすごくいい環境だと思います。この間、撮影でもう20年以上ぶりで海藤さんに会ったら、全然変わっていない。いまとまったく同じ。ふけていないと言ったら変なのだけれど……。けっこう男臭くて、潔くて女好きで酒が強かった。当時はたとえば横文字系の仕事をやるのはいまよりもはるかに努力が必要だったから、アウトローの世代の人たちはそういう意味では唯一あこがれの対象ですよね。
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