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■海藤春樹から桐島ローランドへ
ローリーはいい子になったよ。おれはもっとだめになるかと思ったんだ。20年ぐらい前に、あいつがまだ小学生のときに東京キッドの舞台の子役ででていたんだ。おれが舞台のライティングをしてて……。小学校の高学年のときなんかませた子供でね。楽屋で「なんだ、おまえは。ばかやろう。そんなことばかり言っているんじゃない」とか言ってやったんだ。あいつに言っちゃだめだよ。少しは俺だって心配してたんだよ。「僕の過去を話したらぶっ殺すから」とか言っているみたいだけど、それほど近いところにいた間柄ということなんです。身近な人同士をすごく知っているというのもあって。そういうことを知られるのは、みんないやなものじゃない?武士の情けでよくわかる。知られたくない時期ってものがみんなあるものね。「整形前の私」みたいな……ね(笑)。
■桐島ローランドから海藤春樹へ
おれはキッドには3歳のときからお世話になっているんです。3歳から13歳ぐらいまでけっこう長い間つきあいがあったから、兄弟というか家族の一員というような意識だった。その当時のおれを知っているのは、いま海藤さんぐらいじゃないかな。東京キッドの演出家の東由多加さんというのが、つい最近、亡くなったんです。おれの親父代わりみたいな人でした。いま考えるとすごくいい環境だと思います。この間、撮影でもう20年以上ぶりで海藤さんに会ったら、全然変わっていない。いまとまったく同じ。ふけていないと言ったら変なのだけれど……。けっこう男臭くて、潔くて女好きで酒が強かった。当時はたとえば横文字系の仕事をやるのはいまよりもはるかに努力が必要だったから、アウトローの世代の人たちはそういう意味では唯一あこがれの対象ですよね。
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