いきいき住まう トップページへ戻る
第六回 マーケティングコンサルタント 西川りゅうじん氏 Lively Life バックナンバー一覧
住所不定の国際ドサ回り状態 メールと携帯が私の住所
Lively Life
西川りゅうじん
part1
part2
part3

東京にこんな水辺があるなんて……。そして信じられないくらい素敵な眺望を一人占めすることができる部屋があったなんて……。大きな窓からは、レインボーブリッジが望め、夕陽に染まる富士山を東京タワー越しに見ることができる。なにより、川と合流した海辺の雰囲気がなんともアーバンな世界観を造り出す。そんなロケーションに抗わないように、部屋の中には何も置いていない。究極のシンプルだ。「スタジオとして貸しています」りゅうじんさんは、そう言うけれど、ここには本当に何もいらない。景色がいちばんのごちそうなのだ。

 
 
水辺でビューがあって交通の便がよい所を選びたい
 

私のいまの生活は3分の1ぐらいが海外です。海外はアメリカがほとんどですが、ほかにはヨーロッパと中国、アジアです。もう悲惨な生活。あとは、地方へ行くことも多いです。いろいろな商業施設やエンターテインメント施設のプロデュースや街おこしなどを手がけているのです。だから、3分の1ぐらいしか東京にいない。実家は神戸で母方は京都ですが、滅多に帰れない。ほとんど国際ドサ回り状態で住所不定。だから、自宅というのが何なのかよくわからなくなっています。住民票は中央区佃の高層マンションにあります。
でも、そこに住民票があったはずなのに、いつの間にか、その部屋が撮影のスタジオになっていたんです。あと、けっこうみんなでワイワイ集まるのが好きなので、パーティスペースになっています。スタジオとしては、いろいろな話をいただいて、この部屋でテレビドラマの「課長、島耕作」とかNHKの俵万智さんの「サラダ記念日」などの撮影もされました。スチール撮影にもよく使われていて、いつの間にか住むところではなくなってしまったという感じです。
いまは代官山の辺りに事務所が何カ所かあって、池袋と神田と自由が丘にもあります。それに大阪に父が創業して、弟が副社長を務める会社がある。代官山の事務所の近くに借りている部屋があって、そこが書庫になっているんです。その部屋が一応私の帰る場所でしょうか。自分の住まいとしては、安らぐところというのではなくて、イコール書庫なんです。ほとんど帰れませんが、神戸の実家は一番気持ちが落ち着く場所です。
このマンションは自分で選んだというよりも、たまたまくじ運がよくて当たったという感じです。視界の広いところが好きで、なるべく目の前が開けている家が好きなんです。東京は平野ですよね。横浜のほうに住もうかと思いましたが、それでは遠すぎるので、川や海があるのとビューがあって交通の便がよいということでこの場所を選びました。

 
 
家作りはそこに居る時期が長いパートナー本位で考えるべし
 

家の図面などを見るのは好きです。自分でも店舗などの内装のデザイン設計施工の会社を仲間とやっています。私はたまたま少しだけお金を出して会長だけやっています。その仲間の一人、WACTの和田氏は、たとえば有名なお店だとオー・バカナールとかイル・ボッカローネとかキハチさんとかのお店を手がけています。昔、芝浦のタンゴとかインクスティックとかを松井雅美氏がプロデュースしたときに、図面を引いて壁まで塗っていた人が社長をやっています。
自分で自分の家を作るとしたら、凝りに凝ってしまうかというとそうでもないかもしれません。私よりも家にいる時間が長い、パートナーの好み、そっちのほうが重要だと思うんです。私の方はその半分くらい好みを出せれば良いかな?昔の実家の間取りは今でも描けます。天井がすごく高かったので、それがよかったですね。いまではもう手に入らないような一枚板の天井や梁があって。障子がこう入っていて、穴ばかり開けていましたけれど……。
私の母方は京都なのです。でも、昔は日本的なものは嫌いでした。親戚に行くといろいろと格式張っていて息がつまりそうだった。好きなところもありますよ。素晴らしかったのは、母親がお花の先生の免状をもっていたので、玄関の花が毎日変わっていたことです。いま考えれば、これはたいへんなことだと思います。花代だけでも大変だったと思いますが、やはり季節感がある生活は、日本の文化ですね。父は、巻紙に墨で手紙を書くような人。でも、私は全然そういうものを受け継いでいない。そういう日本的なものがすごくいやだと感じた時期もありました。食事のときもみんなバシッとしていて、ひとこともしゃべらずにぱくぱく食べている。テレビなどもちろん御法度ですね。ある種その反動が私に全部出ているんです。ところが、この年齢になると逆に着物がいいと思うし、お茶やお花にもすごく興味が出てきました。外国に行けば行くほど白人にはなれないし、やはり私は東洋人なんです。日本人なんです。洋服だって白人のほうが似合うに決まっています。最近、着物が着たくてしようがないのです。

 
 
家を建てるなら上海や香港がいいね
 

家を建てるなら、実家のような家がいいですね。緑があって庭があって犬がいて広いリビングがあってとか、昔の小坂明子の歌の「あなた」のような世界です。ああいうのにあこがれますよね。東京に来てから、ずっと土のない生活をしてきてしまった感じなので……。面倒だろうけれど庭の草花の世話とかを両親はやっているわけです。草を抜くのはたいへんだとか言っていますが、やはりそういう生活はいいなと思いますよね。いまは犬も飼えない。神戸は全体的に土地がすごく狭くて、海からすぐ山になっているので、どこの家からでもそうですが、大阪湾が一望できるんです。平野がちょっとしかないんですから。だから、どの家にもビューがあるんです。そういう環境だったし、周りは瀬戸内海国立公園で開発できない地域もあって緑もあるし、海も見える。いい環境でした。
眺めの抜けがよくて、目の前は海。それがロケーションの中では一番ですね。そこまででなくてもとにかく緑があって、そこに土があればいいですね。東京でそれを望むのは贅沢すぎるかもしれないですけれどね。オーストラリアとかだったら全然可能なんでしょうけどね。別にそういうものを東京に求めなくても……。徐々に東京が自分の仕事の中心ではなくなって行くかもしれません。海外の仕事もかなり増えてきたし、東京も好きですけれどね。

家を建てるとしたら、場所は東京とは限らないかもしれませんね。ひょっとしたら上海や香港かもしれないし、カリフォルニアかもしれない。思いっきりリゾートか思い切り都会か、どっちかです。ロンドンやパリも好きだし、ミラノもニューヨークなど大都市も楽しい。ラスベガスみたいなところは、たまに行くにはいいけれど、住みたいとは思わないな。

 
トップページへ次のページへこのページの一番上に戻る
 
アフターショット
アフターショット

ゲストの西川りゅうじん氏とカメラマンの桐島ローランド氏

■桐島

りゅうじんさんのすばらしい発想は、どこから生まれるのですか?いつも先端にいるような感覚。「あんパン現象」とか「ジモティ」とか、ぴたっとくるような感覚の言葉はどこから生まれるのか不思議です。

■西川

そんなに特別な感覚は何もないと思います。その言葉に別に著作権もないし……。著作権があったらだれも使わないじゃないですか。「コジャレた」とか、人が一回ずつ使うごとに著作権があったら、きっとそれで蔵が建っていますよ(笑)。

■桐島

「コジャレた」もりゅうじんさんですか。

■西川

そうです。「小腹減った」とか……。

■桐島

「コギャル」もそうですか。

■西川

それは違います。「コギャル」の「コ」は年齢的に小さいという意味ですよね。「ギャル」の子供版という意味じゃないですか。でも、「コジャレた」とか「コバラ減った」はそうではなくて、「少し」という意味です。

■桐島

それはずっと考えていて出るわけではなくて、ふっと出るわけですか。

■西川

実は考えてつくる場合も多いんです。というのは、私が直接出ていなくても、事務所で雑誌のページやテレビの番組をつくっているし、広告もつくったりします。他にもネーミングとか施設名とか商品の名前とかを期限までにつくらなければなりません。締め切りに間に合うように、それにぴったりな言葉を一生懸命つくったりもします。

■桐島

ネタ帳みたいなものがいっぱいあるんですか。

■西川

ないですね。そのときにみんなでブレーンストーミングしてブラッシュアップしていきます。

トップページへ次のページへ
このページの一番上に戻る