いきいき住まうライブりーライフについて
いきいき住まう
     
 


photo: by 桐島ローランド

 
  原宿の喧騒を抜けて、しばらくゆるゆる歩く。店が途切れ、ふと1本横道にそれて突き当たると黄色と白の壁が鮮やかな不思議な建物にぶつかった。そこが海藤春樹さんが事務所と自宅を構えるマンション。どこから入れば、目的の部屋につけるのか、ちょっと初めはわからない。迷路のような作りの建物のドアを開けると、遊びごころが形になった部屋が現れた。そこに、待ち構えていた海藤さんの声。さあ、海藤オンステージの幕開けだ。  
   
   
  照明デザイナーには、本当に偶然になってしまったんです。大学に行かないでぶらぶら遊んでいたら、行くところがなくってね。ほかの社会は拒絶されそうな雰囲気だけれど、劇団ならどこでも入れてくれそうじゃない? それで劇団に入ったんです。舞台装置家にでもなるかな、と。本当はグラフィックデザイナーを目指したこともあったんだけど。そうしたら、横尾忠則さんとか和田誠さんとかがちょうどバッと出てきたときで、そこで諦めた。僕は強い人とは戦わないといちおう決めているんです(笑)。それで何かないかなと思って、舞台がいいかなと。わりあいに舞台は好きで、学校の先生の影響もあって高校生のころに見ていたりしたんだ。それで19歳ぐらいのときに劇団の試験を受けたの。今はもうその劇団はなくなってしまったのだけれど、劇団四季ができた後に分かれてできた、詩の朗読とかをやっていた劇団だったんです。谷川俊太郎さんがその近いところにおられた。入ったのはいいけど、舞台装置はつくるのにお金がかかる。ところが、劇団は貧乏だから、そんなに装置を作らないから、やることがないわけです。役者をやるのはいやだと自分で言っていたら、「照明でもやってみるか」みたいに言われて……。だから、見様見真似で始めたんです。その後もずっとそう。職業に関して一回も正式に何か習ったことなんかないんです。みんな適当にやっている。いまは建築家とかいろいろなことをやっているけれど、私はどれも正式には知らないんだ。たぶん才能があまりないから、知らない分を強みとしてやっているんだと思う。だって、知ってしまうと、頭の勝負になるでしょ。いっぱい引き出しがあると、情報の整理とかいろいろなことを考えるでしょう? 僕は知らないから、なんでも思いつきでやってしまうわけ。運動神経系で仕事をやれるというところを自分のテーマにしようかなと思っているところも少しある。勉強しすぎるとどうしても頭で考えるでしょう? なんとかさんは、こういうことをしたとか、カウンターカルチャーがこうなっているから、ああやっててこうやってと、そういうことを考えるとだいたいろくなことがない。頭だけになってしまう。それよりも恋愛みたいに、そういうことを超えたところで仕事ができたほうがおもしろいじゃない? 少なくともセクシーだというか、きのうと違うことがなるべく起きてくれたらいいじゃない? だから、意識的にそういう方法論をとっているところがある。やけくそになれば、なんだってできるんです。だって、こんなんじゃだめだと言われたら「すみません。やっぱりバレました?」というスタイルでいけばいいんですからね(笑)。  
   
   
  何に一番パッションを感じるかというと、どういうシチュエーションで誰とやるか。それが一番おもしろい部分です。あとはどれぐらい自分を買ってくれるかだよね。みんなそうじゃない? 一番はそこだね。ギャランティとかもあるかもしれないけれど、どれだけ買われているかが大事なわけで……。 「断らない照明家」というのがずっと私のキャッチコピーだったの。だって、基本的に個人名で頼まれているのに、断る理由はないじゃない? 2カ所一遍に仕事をするというのはできませんよ。でも、それ以外には、いまでも基本的にはきた仕事は断らないんだよ。僕も年だからくたびれてしまうということはあるけれどね……。  
   
  カフェバーのライティングとか、ああいうもののはしりを僕が最初につくったことは確かなんだよね。そのときはほとんど舞台しかやっていなかったんだけど。杉本さんという著名なインテリアデザイナーの方から電話がかかってきて、「やらない?」とか言われたんだ。自称「仕事を断らない照明家」だから、「はーい。やる、やる」という感じで答えて、ふと考えたわけです。もともとは設計とかがあったのに、それが気に入らなくて僕に頼んできたわけでしょ。ということは、従来のものではないんだろう、と。それにやったこともないのに、頼んだほうも悪いわけじゃない? もう好きにやってやろうと思ったわけ。これは本当はね、舞台の照明と同じような手法だったんです。壁に照明の光が当たっていたり、光の筋がぴゅーっと走っていたりする。いまはそんな手法は街中にいっぱいあって、もう少し廃れてしまったけれどね。そういうことを最初にやってみたんだよ。テーブルの上に薄紫色の光があって、白いのが当たってとか、そういうふうに少し遊んでいたわけだね。そうしたら、「そういうことをしてもいいんだ」とたぶんみんなが思ってしまったんだと思う。かたぎの飲食でそういうことをやる人がたぶんいなかったわけ。なんていったってこっちは何も知らないからさ。そうしたら、そういう店がいっぱい出てきて、周りから「最近、すごく売れていますね」とか言われて、「1店しかやっていないよ」みたいな時代もあった。陰影がすごくカッコよくて、そういうのが今までなかったからね。それは単なる順番の問題だね。最初は、いろいろな人間に文句を言われるんだ。舞台でもそうだったのだけれど、俺が勝手をやると文句言われて、流行ってしまうと、後はみんなほめてなんてくれない。でも、習わなかったからできたんだよね。別 に無理に斬新なことをねらっていたわけではないんだよ。ただ、一回も人から教わったりしたことがないから、適当にやっていたらそうなっちゃったという……。  
   
   
  クリスマスのライティングで一番好きなのは、ヨーロッパとかアメリカの田舎で、家の窓や玄関に小さい光のオーナメントをつける。あれが一番きれい。ところが、日本はうまいところに窓がないんだ。窓という窓につけたらいいと思うけれどね。どうして高層ビルとかの会社は、やらないのかな。あの窓に全部、その会社の人が小さい、1000円ぐらいのオーナメントをいっぱいつけたら、かわいいじゃない? それなのに、おれみたいなプロに頼んで3000万円もかけてこんな変なデッカイのをつくったって、おもしろくないと思う。商売だからやるけれどさ(笑)。あんなのより、そっちのほうが絶対におもしろいよ。  
   
  ニュージャージーにちょっといたときに、みんなが窓のところに自分たちで飾り付けしていて、「ああ、生活がリッチなんだな。日本はこういう余裕がまだないな。商店街しかやらないな」みたいなことは思ったね。つまり、日本では商業じゃないとそういうことが起きないじゃない? クリスマスでそれはすごく感じた。だいたいクリスマスって疎外感があるよね。日本ではわからないけれど、外国にいてクリスマスを迎えるとそうでしょう? ニューヨークに居て、イースターなんかの時でも「うまく、その中に混ざれないんですよね」というのがある。それと自分のアイデンティティみたいなものを感じさせられる。「よそ者はつらいっすよね」という感じがあるよね。都会は薄いけれど、日本でも田舎に行くとそういうところがいっぱいあるよね。田舎はそこがつらい。お正月の三が日とかに田舎に行ってごらんよ。帰る家がなかったら行くところがない。東京だったら店とか開いているものね。下手すれば元旦から開いている。そういうことから言っても、都会のほうがいいなあ。 いまは、全部一緒になってしまったからさ。「なんで町田にあんなものをつくるんだよ」とか思うよね。パルコ文化みたいなものがあってさ。前にパルコの人間に「不二家、アマンド、パルコって言うんだ」と教えてやったんだ。最初はカッコよかったけれど、どんどんダサくなってきて、都会にあったらだれも行かないようなところのこと。昔は不二家がかっこよかったんだ。アマンドだって、昔はアマンドのケーキを持っていくと女の子は一発でオーケーだった。いまは「アマンドお?」なんて言われちゃう……。時代が過ぎちゃったら、寂しいものになるんだよね。だったら、下手にトップに立たないほうがいいね。それは一概に言えないんだけど、反対に媚びてもしようがないわけで、気にしないのがいいんじゃない?   
 
(構成/文 メディアム 成田恵子)
 
   
 

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海藤春樹から桐島ローランド
でも、あいつは、お調子に乗っていなくてよかったよね。すごく偉いよ。普通はそれ を感じだしちゃうものだけれどな。よく知らないけれど、出来事はいろいろあったみたいだけどさ。自分の声と存在が同じところから出てくる人間だよね。背伸びしている人間とか、卑屈にわざと下からというのは多いんだけれどさ。へりくだったつもりかどうか知らないけれど、慇懃というの? 自分より下から出す人間とか、上から出すと調子に乗る人間とか……。そういう意味では、ローリーはちゃんと同じ高さでくるよね。そういう人間はだいたい信用して大丈夫なんだ。その後で伸びるというか、上がっていけばいいだけの話でね。それが合っていない人間は、うまくいかないんだよね。本当は若いときには、自分をちょっと上に置いておいたほうがいいという場合もあるんだよね。その目標に向って自分ががんばってはい上がって行くというふうにやったほうがいい場合もあるけれど、もうローリーはそんな年じゃないものな。
 
桐島ローランドから海藤春樹へ
もともとおれはアメリカンスクールだったから、日本社会と常にどこか距離を置いていた。このままここにいても自分が進歩しないなと思ったから、アメリカで勉強して、自分にある程度の規律をちゃんと与えないとだめだろうと思ったんです。海藤さんは枠にとらわれなくて、専門性はないし習ったこともないって言ってたけど、謙虚に言っているだけで、そんなことないよね。そういうスタンスでやっているふりしているだけだ。いいんだ、背伸びしている人間はさ。おれもたぶんそういうところは海藤さんと似ていると思うんです。自分の立ち位置ということを常にちゃんと意識して、あまり調子よくやりたくないと思う。自由人というか、あまり枠にとらわれないで自分のスタンスにこだわると意外に痛い目に遭ったりします。本当はみんながストレートにコミュニケーションができるようになっていけばいいのだけれど、おれはそういうところは下手だな。